ひまわり

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家事も育児も全く手伝わない夫に、怒りを感じなくなった理由

最近の旦那さんたちってすごいですよね。

立ち合い出産に始まって、

赤ちゃんのおむつ替え、お風呂、ミルク作りまで、

何でもこなすイクメンぶり。


パパの抱っこ紐姿も、すっかり珍しくなくなりました。


一昔前なら考えられないくらい、

パパたちの育児参加は積極的になってきています。


が、

そんな世の中になってみんながハッピー♪

…かと思いきや、

逆に問題が出てきちゃう可能性もあります。



というか、我が家はまさにそうでした。



子供が大好きで、マメで器用で、腰の低い、

いわゆる草食系っぽい中性寄りな旦那さんならきっと問題ありません。

優しくて気が利いて、子供のお世話をするのも、それで奥さんを喜ばせることも、とっても幸せで…。

もちろんママも大助かりですよね。



ですが、人類の歴史は長いのです。

この急激な「男女平等」「イクメン奨励」の流れについていけない男性も多いはず。

うちの夫はまさにそんなタイプです。

「男が抱っこ紐なんて、恥ずかしくてあり得ない」そうで、

あからさまには言いませんが、

「家事と子育ては女の仕事」

と思っています。


もちろん立ち合い出産も嫌がりました。



こんな人を夫に持った私。

友達や周りのママたちは、

夫婦で仲良く子育てを楽しみ、

色々と手伝ってもらって幸せそう…。



それに比べて、

家事はおろか子育ても全く手を出さず、

私が高熱のとき以外、ついに子供をお風呂に入れることはありませんでした。

幼稚園選びや子供のアレルギーの問題も、

完全に「お前に任せる」と、無関心。



想像して頂けると思いますが、当時の私はそれはもう、不満でいっぱいでした。

「どうして何も手伝ってくれないの!?」

「私と子供の事なんてどうでもいいの!?」

「優しい旦那さんのママたちが羨ましい…(涙)」


そして行き着いたのは、

「私に対する愛情がないんだろうか…」

という悲しい思い…。



なんだかもう、自分がものすごく不幸な女に思えてきて、

でも、どうしようもなくて、ただ不満と悲しみを抱えながら日々ひとりで子育てをしていました。






「…していました。」

そう、過去形なんです。


うちは上の子はもう3年生ですが、

下はまだ2歳。


まだまだ手のかかるお年頃です。

家事だってもちろん減ったわけではありません。



それなのに、なぜそんな話を過去形で書いているのか。

今は不満はないの?って思われるかもしれません。



答えは、

「はい。」

です。


なんと、今は全く不満はありません。

当時の心境を考えると自分でもびっくりです。




なぜ、そんな風に変わったかといえば…。


これはまさしく今まで学んできた心理学のおかげ。


私はその苦しみや悲しさの奥に何があるのか、

自分の心ととことん向き合いました。

「必ず幸せになる方法があるはず!」と信じて。



さっきも書きましたが、

私の不幸の大本にあったのは、

「私は愛されていないんじゃないか」という思いでした。


人が不満や怒りを感じているとき、

実はその下には悲しみやさみしさがあります。


そしてその原因は、

「助けて欲しい」

「分かって欲しい」

「愛して欲しい」

という気持ちがあるからです。



そんなことを心理学で学んで、自分の心とよーく照らし合わせてみました。


すると、

どうも私の中で、

「何も手伝ってくれない」=「私は愛されていない」

という思い込みがあったようで、


そしてここが重要なのですが、

その思い込みは完全に勘違いだった!ということです。



私は割と要領のいいタイプで、

長女だったこともあってか、家事もそんなに苦労せずこなしています。

だから実際には手伝ってもらわなくてもそんなに困らないわけです。

一人でできちゃうから。


それなのに、「愛されている」という実感が欲しかったために、

手伝ってくれない夫に不満を言っていました。

まずそこにズレがあったんですね。



そして、

これは以前は自分でも気づいていなかったのですが、

どうも私自身が、

「家事や育児は女の仕事」

と思っていたようです。


だから、

「一緒にやる」という感覚ではなく、

「私の仕事を手伝ってもらう」という感覚だったんですね。


なので夫が家事や育児を少し手伝ってくれたとしても、

どうしても「申し訳ない…」という罪悪感がついてまわるのです。



そんな感じで、

手伝ってもらえない(愛されていない)不満と、

手伝ってもらう罪悪感とで、

どう転んでも「幸せ」を感じられないとっても不幸なループにハマっていたわけです。




が、そのことに気づいてから、

私の考え方はガラリと変わりました。


まず一番大きかったことは、

「手伝ってくれないのは、愛されていないからじゃないんだ」


ということ。


そう、私は十分に愛されていたのです。

ただ、うちの夫の場合、その愛情の表現として「家事や育児を手伝う」という形をとっていなかっただけ。

夫に言わせると、

「手伝うかどうかと、愛情の大きさなんて、何の関係があんの?」

という感じ。


はあ?

って思うかもしれません。

「愛情がある」→「手伝ってあげる」

というのは女性的な考え方なんです。

(最近は、そういう男性ももちろんたくさんいますが。)


とくにうちのような昭和な男の場合、

奥さんにヘコヘコして、マメに手伝ってあげるなんて、カッコ悪いどころか気色悪いそうで…。


じゃあそんな昭和夫はダメなのかと言えばそんなことはなく、

「男としての責任」とか、「真面目に働いて家族を養う」とか、

そういう意識はあるんです。


実際私に対しても、

「仕事はしたくなければしなくていいよ」

って言うし、

いざという時は責任とってくれるし、

お金も「遠慮せずに使っていいよ」って言います。(もちろん散財しない信頼あってのことですが。)


そしてなんと、

彼の愛情表現は、

「結婚したこと」

「家に帰ってくること」

だそうです。


今どきこんな男もいるんですね~(笑)


「愛情がなければ結婚なんてしない」

「愛情がなければ一緒に住めない」

んだって。


彼にしてみたら、

ちゃんと家族のために仕事をして、ちゃんと家に帰ってくるのに、

そこに愛情を感じてもらえないのは辛いんでしょうね。




それを理解した時、気づきました。


私は、「ちゃんと愛されているのなら、家事や育児の手伝いなんて、どうでもよかったんだ」と。


実際家事も育児も自分でやった方が早いし、

よっぽど忙しいとか、体調が悪い時以外手伝ってもらう必要がないんです。



なので今は、何の不満もなく一人でやってますし、

そういうことでケンカしたりすることもありません。


昔ながらの役割分業です。

これはこれで、何の問題もないんですね。


だって、じゃあ家事と育児を旦那がやって、私が外で会社員やれる?

って考えたら、

絶対にイヤ!です(笑)


お互いに得意な役割を責任を持って果たしているので、全く問題なし。

そして、自分にできないことを相手がやってくれるのでとっても感謝しています。





世の中の価値観や他の夫婦と比べてしまうと、

本当に自分が望んでいることが見えなくなってしまいます。


夫婦の形はそれぞれ。

愛情の形もそれぞれ。


自分の中の不要な思い込みのせいで大切なものを見失っていませんか?

良かったら、今日の我が家の話、参考にしてみてくださいね。















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